イギリス ケンブリッジで生活してみた!の記録🇬🇧

夫の海外留学に伴い、2023年7月末よりイギリスケンブリッジに越してきました。日々のあれこれを記録します。

心からの感謝を込めて。


2年間勤めさせて頂いた会社を退職しました。

就活の時に、漠然と
「日本のものづくりって良いなあ。」と
思って入社させて頂いただいた専門商社。

営業として、様々な工場に入らせて頂いて、何トンもの容量のタンクの更新工事や特殊な設備の清掃、LED照明の提案、工場や社宅の修繕工事、様々なお仕事をお客さんとメーカーさん、職人さんの間でさせて頂きました。

やりたい仕事じゃなかったかもしれない。
たった2年で本当の仕事の楽しさ、苦しさ、喜び、意味なんて分からないと思う。

それでも、本当に本当に、何も出来ない私に、社内の人、お客さん、メーカーさん、職人さん、沢山の人が仕事を教えてくれて、助けてくれて、仕事を頂けて、本当に良い2年間を過ごさせて頂けました。

全部、全部私の知らない世界でした。
たとえば、工事でタンクの水が漏れた。
あら、大変!だけじゃなくて、それはそのタンクを使って生産している工業製品があって、その生産が遅れると、その後の工程、ぜんぶに影響がでる。

普通の人が何気なく、たぶん一生気がつかないようなところに、普通にあるものは、膨大な時間と沢山の工夫で、大量の工程の上にあることを知りました。私が担当させてもらった会社が作っているものは今まで私が、見てなかっただけで、町のいたるところにあった。その製品1つ1つに膨大な時間と人が関わって動いていること。社会は沢山の人の仕事で出来ていること。

そんなことを生まれて初めて、実感した2年間でした。

それに仕事はちゃんとやること。
遅刻をしないこと。ものを無くさないこと。
ひとの話をよく聞くこと。
頼まれたら早く調べること。
返事すること。分からないことは聞くこと。
分かりやすく話すこと。結論は最初に。
ちょっと面白い話をすること。

私がいかに、「当たり前」と思われることを今まで出来ていなかったのか。自分は何も出来ない、いかに人に頼り、助けられていたか。いうことを毎日学びました。

沢山の人の身振り手振りから、
「仕事はその日ごとの気分でするものじゃない。責任を持って、ちゃんとやらないといけない」と学びました。こだわりを持って仕事をしている人はかっこよかった。

毎日、ありとあらゆる人に迷惑をかけました。
社内の人はもちろん、お客さん、メーカーさん、職人さんみんなに迷惑をかけました。本当に反省してます。

しかし同時に、いかに良い関係を日頃から築いて、
いかに困った時に助けてもらえるかがすごく大事なことだなあと学びました。

はじめは嫌だなあ。今日もミスったなあ。
迷惑しかかけてないから、私いる意味なし。
って車の中で密かに泣いたりしてたけど、

知らない間に、お客さんが「生田さん」って呼んでくれるようになって、メーカーさん、職人さんはいつも私を助けてくれて、だから、色々な人のおかげで、案件をもらえるようになって、色々な話をするようになった。

会社に行き、お客さんに会えることが、楽しくなった。

それに、職人さんの良い仕事が、お客さんの信頼に、次の仕事に繋がることを知った。だから、メーカーさん、職人さんに、気持ちよくお仕事して頂くためには、お客さんの役に立つ為には、私はどう動けば良いかなあと考えるようになった。職人さん、メーカーさんの素晴らしいお仕事のお陰で、お客さんが「生田さんに注文する」って、私に注文をくれるようになった。

それは今までの先輩が沢山良い仕事をされてきて、会社としての信頼があるから。私だけの力じゃ決してない。それでもすごく嬉しかった。

「ありがとうが生きがいです」って、胡散臭すぎるわって思ってたけど、それは本当だった。
私みたいなやつも、時々ありがとうって言って頂けて、役に立てたなあ!っと思える瞬間もあって、それは本当に本当に嬉しかった。

最後の日に、お客さんからお花が届いた。
お客さんからこんな言葉をもらった。

「生田さんには本当に困ったことも、イライラしたこともあったよ。でもいつもそれを上回る魅力と、良いことがあった。沢山助けられたよ。いつも気遣いをありがとう」沢山イライラさせたのも、困らせたのも、本当に本当に申し訳なかったと思うけど嬉しかった。

数字が上がったこと受注出来たこと、全部嬉しかった。そして、その過程の中で、沢山の時間をいろんな人と過ごさせて頂けたことがすごく幸せだった。

本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
そして名古屋営業所の皆様をはじめ、社内の皆様に心から感謝してます。沢山迷惑をかけました。

どんなに迷惑を掛けても、見放されたことはなかったし、いつも助けてもらった。私が生意気なことを言っても、途中で遮られたことはなかった。

所長はいつも責任は全部取るから、思いっきり仕事し。
って言ってくれた。

こんなに良くしてもらったのに、
何も恩を返さぬまま退社することになった。
「すごく残念だけど、一回きりの人生、思うように、堂々と生きなさい」との言葉を頂いた。

感謝の気持ちしかありません。
いつか、どこかで恩を返せるように、
良く生きていこうと思います。

そして、春から岩手県の海産物のメーカーで働きます。

名古屋で教えて頂いたことを生かし精一杯頑張ります。

 

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