岩手の秘境〜タイマグラとの出会い〜

会社のブログを更新しました。

 

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会社のブログ〜山菜の話〜

水産加工の会社のブログをちょくちょく

書かせてもらえることになりました☺︎

 

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26歳になりました。「美味しいこと」と「良い人たち」

なんと26歳になりました。

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20代後半のお誕生日なんて、想像していたのは、
すごく大人で、私はもっと美人になっていて、
いつも食欲はそんなになくて、ヒール履いて、
夜景の見えるレストランで、可愛い服を着て、
お花もらったりするのかな。と思っていたけれど、

なんと今は、岩手の三陸大槌町にいて、
毎日もふもふの服を着て美味しく太っている。
幼い日に思い描いた26歳とはちがうけど、
楽しく人生迷っているけど元気です。
でも、自分で来たくて、大槌に来れたから良し。
大槌は良いところだと思います。

お誕生日は、あんな不義理をしたのに、
前の会社の人が沢山連絡くれて、
仲がよいお友達も連絡くれて、
泣きそうになった。ありがとうございます。

私は26歳になっても、気持ちは子どもで、
誰かに直接おめでとうと言ってほしかったけど
でも実は小心者でなかなか人に言えなくて、
ふつうに仕事が終わり、退社した。

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寂しいなあ。と運転をしていたその時、閃いた!
「あ!昨日行った、不思議なマッサージ屋さんが、
頼みたいことあるから、おいで。と言っていたな!
よし、行こう。(寂しいし)」

と家から15分ぐらいのマッサージ屋さんを目指すことに。マッサージ屋さんは大槌に来て30年のニコンさんがやっていて、お隣は旦那さんがの駄菓子屋さん。
見た目はゴテゴテしていて、入るのに勇気がいる。
昨日行って、連絡先を交換したら、その日の夜に「仕事ないんだったら、働いてけろ」と電話をくれたお店。
仕事ないって言ってないけど、そう見えたのかな...
マッサージは破格だし、気持ち良いよいところ。

寂しいから、のこのこマッサージ屋さんに行くと、
隣の駄菓子屋さんに初対面の旦那さんがいて、
コーヒー飲もって言われ、1時間ぐらい身の上話を聞いて、聞いて、聞きまくる。お菓子やコーヒーを頂く。
(小学生は駄菓子3個までタダ。私も金を受け取ってもらえず、本日26歳の私にも赤字ルールが適応された。)

ニコンさんのマッサージ部屋に連れていかれる。
お客さんをマッサージしているニコンさんの隣に座って良いと言われ、まさかのここでくつろいで。と言われる。何故かお客さんも別に問題ないらしい。

お客さんは目を閉じていて、ニコンさんは、
お客さんをマッサージしながら、NHKを見て、
野良犬の殺処分についてどう思うか私に、聞いてくる。
昨日私がマッサージしてもらった時も、
BGMはリラックス音楽ではなく、NHKで、
いきなりマッサージの手が止まったから、
あれ?と思うと天気予報に見入るニコンさんがいた。

お客さんが良くても、あまり良くない気がして、
マッサージ部屋を出て、帰ろうとしたら、
また「頼みたいことある」と、呼んでもらえて
駄菓子屋さんで旦那さんとまた話す。

旦那さんの幸男さんは、15年ぐらい東京の建設会社で
働いていて、だから今も結構な歳ではあるけれど、
防波堤の工事や、家の基礎打ちをしたりする。
震災で家も流されたけれど、重機を使い、ボランティアもした。山から汲み上げていた水を解放した。
顔が黒くて、身軽にちゃきちゃき動いて、
話している途中で、いろんな顔をする。
そして豪快に笑う。

「あんたの話もしろ」といきなり言われ、私がなんで大槌に来たか。私も沢山話をする。

マッサージを終えたニコンさんが合流し、
また長い立ち話が始まる。途中で私だけ座る。
なんで、みんなこう、足腰が丈夫なのだろう。
うちはこっちに来てから、毎日脚が痛いから、
体の丈夫さについて毎日考えている。

ニコンさんは、タイ出身で食べることが大好きだった。
テレビで見た日本の食べ物に釘付けになり、
家族の反対を押し切り、日本に来た。
日本のお弁当屋さんで働いた。
結婚して、幸男さんの実家に来た。

私も食べることが大好きだから、
ニコンさんと意気投合し、食ネタで盛り上がる。
そして、遂に言った、ずうずうしくも、
「わたし、今日誕生日なんです」と。

「あらー!お祝いしなきゃ!」となり、
2人のお家にお邪魔することになった。
お家には、マンゴー、白菜、でっかい牡蠣、
みかん、畑から採ったばかりのネギと芋があり
10分ぐらいで、鍋と巨大牡蠣フライを作ってもらう。
みんなでまた沢山、話しながら食べる。
ごはんを食べていると、近所の人が来たりする。
2回しか会ったことない私が部屋にいるのも変だけど、
ご近所さんも、空いてる椅子に座ってお話をしている。

ごはんを食べた後、私にも何か出来ることないかな。
手伝ってほしいことって何ですかと尋ねると、
本当はネットショッピングをしたいのと、
ネットの駄菓子屋さん、マッサージ屋さんの
住所変更をしたいとの話を聞く。

ネットでお買い物をして、googleマピオンの住所変更の問い合わせをして、住所変更の手続きをする。
ついでにFacebookページも作った。
こんだけなのにすごく喜んでもらえた。
人のお役に立てて、すごく嬉しかった。
私は本当に数字とパソコンが苦手で、
本当にありえないぐらい使えないんだけど、
これだと、生きていけないし、パソコン出来たら
もっと誰かのお役に立てそうだから、
26歳はパソコンと数字を勉強しようと思う。

ニコンさんがこっちに来た当時の話になる。
言葉があまりわからなくても、ワカメの手伝いや、
農作業で沢山のお父さん、お母さんが出来たと。
大槌には、美味しいものと、良い人が沢山いると。

ニコンさんがパパッと作ってくれたごはんは、
本当に本当に美味しかった。
美味しいごはんを食べながら2人の話を聞いて、
文字にすると恥ずかしいけど泣きたい程、幸せだった。

私が大好きな本の中に、
「食べることは自然を一番身近に感じること」
という文章があった。

鍋に入っていた牡蠣はご近所の山田湾、
ネギはニコンさんがマッサージの合間に育てたもの。
三陸の海と、色々と手入れをした畑を思うと、
味はもちろん美味しいんだけれど、
もっと美味しく思うのは気のせいじゃないと思う。

それに、こっちの人は、よく食べ物を交換したり、
沢山採れたものや何かお手伝いをすると
「持ってかえり」とくれたりする。
誰かが突然家に来たら、その人の今日のため!」
っていうよりもパパッと美味しいものを作ったりする。

だから、お世話になりっぱなしは良くないけれど、
うちの頭には、「大槌で出会った人」と「その人が作っているもの、や、その人が食べさせてくれたごはん」が頭に一緒に記憶されている気がする。

ごはんを食べながら、ニコンさんは、何度も
「ここには美味しいものがある」という。
それを聞きながら、それってすごいことだ。と思う。

美味しいものがあるってことは、
美味しいものを育む自然があって、
その自然に向き合いながら、
美味しいものを作る人がいるってこと。

でもそれだけじゃなくて、その美味しいものを人間たちが、おすそ分けして、みんなで分ける気持ちがあって、
なおかつ、美味しく食べる工夫を知っているってこと。
その美味しく食べる技は、美味しいものと一緒に、
人によって、また人へ渡される。

どんだけ素晴らしい自然があっても、
そんな人がいないと、「ここには美味しいものがある」
って、なかなか言えないと思う。

美味しい食べ物」と「良い人との繋がり」は
くっついているんだろうとぼんやり頭の中で考えた。

転職してから、
「なんでわざわざ京都からこんな田舎さ来た?」
「何もないでしょう?もったいない」
と1日に1回は誰かから言われる。
今まで住んだ、京都、岐阜、神奈川、名古屋。
全部素晴らしいところで、良い人に恵まれたけれど、

こんなに「食べ物の美味しさ」と「人」

そのどちらもが、同時にどしん。と心に落ちるところはなかった気がする。

私は、食べることが好きだし、人間も多分好き。
だから、願わくば、
「ここには、美味しいものがたくさんある」
って言い切れるような場所で、言い切れるような
人間関係の中で生きていきたいなあ。

そんな自分の場所を人生の中でつくれたら
良いなあと26歳の初日に思いました。

沢山の人に「え!名古屋の次は岩手?大丈夫?」と、
心配されてるけれど、良いところだと思います。
運良く、皆さんに良くしてもらえて、すごく幸せです。

本当に素敵な素敵な1日でした。

お話してる中で、
「あんたはいい子。素直。目を見たら分かる。
綺麗な目の色をしてる。人間目を見たら分かる」
と、何回も言ってくれたんだけど、
私、今普通のコンタクトを切らしていて、
昔使っていたカラコンなんです。
ナチュラルだけど目の色は微妙に違うんです。

次会う時、目の色違うってなったら、
どうしようと少し心配。

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生田家のうさぎの訃報について

 

生田家のうさぎの訃報について

最近、すごく毛がついている動物が
お家にいてくれたら良いなあ...と思っていて、
久しぶりに夜更かしをした昨日、
カメラロールを見ていたらロップちゃん登場!
懐かしいなあと思って見ていたら眠くなった。

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そう、生田家には、13年か14年のあいだ、
長々と君臨したうさぎがおりました。
その名もろっぷちゃん(オス)は、
2017年10月か11月にお亡くなりになりました。

よくツイッターに、ブサイクうさぎとして、
載せていたので、「ろっぷちゃんげんき?」
って聞いてもらったこともあったけど、
結構前、5ヶ月前に死んじゃいました。

ろっぷちゃんは、私が小学生の頃に
ちんちらが欲しかったんだけど、
ちんちらはエアコン代がかかるといった、
諸事情で買えなくて、予算内で買ったうさぎ。
お家に来た時は、小さくて、色が薄くて、
可愛くて、可愛くて、本当に可愛いかった。

しかし、どんどん、食べるようになり、
何故か色はどんどん濃くなり、
どたどた動き1日中後尾をしようとしていた。

ある日、寝ていると、頭をろっぷちゃんに
前足で掴まれていて、顔に出されていたり、
高校の時の彼氏にあげる予定の白いクマと
後尾をしたりしていた(そのままあげた)

お正月のおせち料理の「くわい」は
ろっぷちゃんの大事な場所に似ているので、
生田家では毎年、飽きもせず、お正月に
「これ、ろっぷちゃんのあれやな」と、
おせちの「くわい」を見ながら食べていた。

時々ブーブーないて、ドタバタと歩いていた。
そしてご飯をたくさん食べていた。ろっぷちゃんが後尾をする気がない時は、
一緒に写真を撮ったり、寝たり、
テレビを見たり、だっこしたりした。
ちなみに、お母さんが名前を呼べば、
ろっぷちゃんは走ってきたり割と可愛かった。

そしてどんどん大きくなった。
道で華奢なふわふわのチワワを見ると、
「うちのろっぷちゃんの方が強いな」
と、変に勝ったような気分になった。

そんなろっぷちゃんが、日に日に弱くなり、
うちは毎日仕事で、その頃、担当していた
工事が炎上し2ヶ月間ぐらい休みがなかった。

しかし、遂にろっぷちゃんが危篤になり、
京都に日帰りで帰ったけど、
良くある、「飼い主の帰りを待って死ぬ」
またいなことはなく、ろっぷちゃんは
うちが京都に帰る道中に亡くなった。

亡くなる直前、閉じていた目を開いて、
お母さんを見ながら、垂れ耳を挙げたそう。

私が帰った時には、ろっぷちゃんは、
座布団に寝かされていて、ハンカチが
掛けられていて、その周りに、ろっぷちゃんが
好きだったドライフルーツが供えられていた。

ドライフルーツは私も好きだから、
食べたら、ドライフルーツを買ってきた弟に、
軽蔑の目で見られたため、後悔した。

その後、火葬場に行ったら、
火葬場の人に「悲しいでしょう」
「あまり悲しまないでください」
「天国のうさぎ🐇さんが悲しむから、
いつもあなたを見ていますよ。近くにいるよ」
と言われたんだけど、うちの家族は帰り道に
宇治でソフトクリーム食べよ。とか言っていて
なんとなくその場にマッチしていなかった。

最後にろっぷちゃんは骨になったけれど、
骨は脆くて、小さくて、繊細で、
あんなにふてぶてしくても、ぶよってても、
こんな骨だったのかと思うと、申し訳なく、
なんかもっと、「そうっと」
抱っこすればよかったなあと後悔した。

他のうさぎ達の写真と名前、年齢がずらっと
並んでいたけど、大概が10歳未満で、
「みみちゃん 6歳」「ゆきちゃん 8歳」
の中、「ろっぷちゃん 13歳」はなかなかだ。

年齢が全てじゃないけれど、
長生きしてくれてありがとう。

あと、うちは15歳で家を出てしまったけれど、
それから約9年間、ろっぷちゃんを大事に
育ててくれた、お母さん、皆さんありがとう。

ろっぷちゃん、ブサイク言って、ごめんね。
でも1人になった時、都合よく、
私は、ろっぷちゃんを思い出して、
楽しい気分になったりしているよ。

私はうんと長生きする予定ですので、
ろっぷちゃんには、まだまだ会えないけど、
天国で良い女性うさぎと出会って、
家族が沢山出来ているとよいなあと思います。

 

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工場で魚を毎日切っております。

【お魚記録】

 

今日切ったものは鰯と鯖

鯖の内蔵出しは目をつぶっても出来るぐらい
上達した気がするけど、鰯は上手く切れない。

結局、鰯が1匹ダメになった。
鰯は漁師さんに捕まった時と、
切るだけ切って、ゴミ箱に捨てられた時、
2回も死んでしまった気がする。
鰯自身はどうでも良いと思うが、
申し訳ない。もったいない。

初日は
「研修とはいえ、1日中魚切るとか辛すぎる」
と思っていたけど、このところは、
気がついたら時間になるし、
いろんな発見があって、毎日面白い。

昨日まで出来なかったことが、
出来るようになったり、スピードが少し上がったり。
久しぶりに、自分の中での人類の進歩を感じる。

それにみんないい人。本当に私幸運。

私は、めっちゃ魚を切るの下手なのに、
工場のおばちゃんは、
「毎日早くなってる!すごい!勘が良いのよ!
と褒めてくれたり、
私のエプロンを結んでくれたりする。
私が変な切り方して、修正出来ないで
オロオロしていると、
ベトナムからの実習生が察知して、
言葉はいらずとも助けてくれたりする。

みんな優しいなあ。
しかし、しっかりしないと。

水産の工場で今働いてるよって言うと、
「え!汚そう、大変そう」って言われるけど
確かに、寒いし、魚から血も内蔵も出るけど、

働いてる皆さんの手さばき、包丁捌きは、
すごく綺麗で、1本の筆みたいに、
流れるようにさらさら切れていてすごいよ。
上手な人のまな板はそんなに血もつかない。
仕事が、動きが綺麗で、とても素敵だ。

明日はまた鰯とぶりを切るから、がんばろう。

 

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椎茸つくりー美味しいものは自然の中でゆっくりとー

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岩手に住むならいろんな人と会いたいし、
いろんなことをしたい!と思い、
引っ越したその日に
地域おこしのNPOの代表に連絡した。

「私、今日引っ越してきました!」

「何でも良いからやります!」

「特に食べることと話すことが好きです!」

 

そしたら、1度も会ったことないのに、
次の日には猟師さんのお家の椎茸作りに
参加させて頂けることになり、
椎茸の菌を植えてきた!

 

椎茸作りは、菌を買ってきて、

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木に穴を開けて、菌を植え込み、

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その木を森に置いておく!

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椎茸が生えるのは来年の秋。

「え!来年の秋とか遅い!」

「私、いいひんやん!」と、

私はいつもいつも自分の都合を考えるけれど、

自然には自然の、椎茸には椎茸の

ペースがあって、私には変えられない。

そんな当たり前のことに気がつく森の中。

 

美味しいものは一瞬では出来ず、
自然の中で、ゆっくりと、
自然のペースに合わせて育つんだなあ。


来年の秋なんて、私は何してるだろ。
時の流れに、将来の私に思いを馳せて、

沢山穴を開けて椎茸育てた。

 

椎茸を手伝ったお礼にと、
熊鍋と鹿肉を頂いて大満足な一日。

熊も鹿もはじめて食べたけれど、

すごく美味しくてびっくりする。

美味しいものを、美味しく食べる技を

知っている人はかっこよいなあと思う。

 


沢山の人と自然に会いたいなあ。
自分から沢山動こう。

人と自然と、文化に会いにゆこう。

と幸せな気分に浸る1日でした。