生田家のうさぎの訃報について

 

生田家のうさぎの訃報について

最近、すごく毛がついている動物が
お家にいてくれたら良いなあ...と思っていて、
久しぶりに夜更かしをした昨日、
カメラロールを見ていたらロップちゃん登場!
懐かしいなあと思って見ていたら眠くなった。

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そう、生田家には、13年か14年のあいだ、
長々と君臨したうさぎがおりました。
その名もろっぷちゃん(オス)は、
2017年10月か11月にお亡くなりになりました。

よくツイッターに、ブサイクうさぎとして、
載せていたので、「ろっぷちゃんげんき?」
って聞いてもらったこともあったけど、
結構前、5ヶ月前に死んじゃいました。

ろっぷちゃんは、私が小学生の頃に
ちんちらが欲しかったんだけど、
ちんちらはエアコン代がかかるといった、
諸事情で買えなくて、予算内で買ったうさぎ。
お家に来た時は、小さくて、色が薄くて、
可愛くて、可愛くて、本当に可愛いかった。

しかし、どんどん、食べるようになり、
何故か色はどんどん濃くなり、
どたどた動き1日中後尾をしようとしていた。

ある日、寝ていると、頭をろっぷちゃんに
前足で掴まれていて、顔に出されていたり、
高校の時の彼氏にあげる予定の白いクマと
後尾をしたりしていた(そのままあげた)

お正月のおせち料理の「くわい」は
ろっぷちゃんの大事な場所に似ているので、
生田家では毎年、飽きもせず、お正月に
「これ、ろっぷちゃんのあれやな」と、
おせちの「くわい」を見ながら食べていた。

時々ブーブーないて、ドタバタと歩いていた。
そしてご飯をたくさん食べていた。ろっぷちゃんが後尾をする気がない時は、
一緒に写真を撮ったり、寝たり、
テレビを見たり、だっこしたりした。
ちなみに、お母さんが名前を呼べば、
ろっぷちゃんは走ってきたり割と可愛かった。

そしてどんどん大きくなった。
道で華奢なふわふわのチワワを見ると、
「うちのろっぷちゃんの方が強いな」
と、変に勝ったような気分になった。

そんなろっぷちゃんが、日に日に弱くなり、
うちは毎日仕事で、その頃、担当していた
工事が炎上し2ヶ月間ぐらい休みがなかった。

しかし、遂にろっぷちゃんが危篤になり、
京都に日帰りで帰ったけど、
良くある、「飼い主の帰りを待って死ぬ」
またいなことはなく、ろっぷちゃんは
うちが京都に帰る道中に亡くなった。

亡くなる直前、閉じていた目を開いて、
お母さんを見ながら、垂れ耳を挙げたそう。

私が帰った時には、ろっぷちゃんは、
座布団に寝かされていて、ハンカチが
掛けられていて、その周りに、ろっぷちゃんが
好きだったドライフルーツが供えられていた。

ドライフルーツは私も好きだから、
食べたら、ドライフルーツを買ってきた弟に、
軽蔑の目で見られたため、後悔した。

その後、火葬場に行ったら、
火葬場の人に「悲しいでしょう」
「あまり悲しまないでください」
「天国のうさぎ🐇さんが悲しむから、
いつもあなたを見ていますよ。近くにいるよ」
と言われたんだけど、うちの家族は帰り道に
宇治でソフトクリーム食べよ。とか言っていて
なんとなくその場にマッチしていなかった。

最後にろっぷちゃんは骨になったけれど、
骨は脆くて、小さくて、繊細で、
あんなにふてぶてしくても、ぶよってても、
こんな骨だったのかと思うと、申し訳なく、
なんかもっと、「そうっと」
抱っこすればよかったなあと後悔した。

他のうさぎ達の写真と名前、年齢がずらっと
並んでいたけど、大概が10歳未満で、
「みみちゃん 6歳」「ゆきちゃん 8歳」
の中、「ろっぷちゃん 13歳」はなかなかだ。

年齢が全てじゃないけれど、
長生きしてくれてありがとう。

あと、うちは15歳で家を出てしまったけれど、
それから約9年間、ろっぷちゃんを大事に
育ててくれた、お母さん、皆さんありがとう。

ろっぷちゃん、ブサイク言って、ごめんね。
でも1人になった時、都合よく、
私は、ろっぷちゃんを思い出して、
楽しい気分になったりしているよ。

私はうんと長生きする予定ですので、
ろっぷちゃんには、まだまだ会えないけど、
天国で良い女性うさぎと出会って、
家族が沢山出来ているとよいなあと思います。

 

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工場で魚を毎日切っております。

【お魚記録】

 

今日切ったものは鰯と鯖

鯖の内蔵出しは目をつぶっても出来るぐらい
上達した気がするけど、鰯は上手く切れない。

結局、鰯が1匹ダメになった。
鰯は漁師さんに捕まった時と、
切るだけ切って、ゴミ箱に捨てられた時、
2回も死んでしまった気がする。
鰯自身はどうでも良いと思うが、
申し訳ない。もったいない。

初日は
「研修とはいえ、1日中魚切るとか辛すぎる」
と思っていたけど、このところは、
気がついたら時間になるし、
いろんな発見があって、毎日面白い。

昨日まで出来なかったことが、
出来るようになったり、スピードが少し上がったり。
久しぶりに、自分の中での人類の進歩を感じる。

それにみんないい人。本当に私幸運。

私は、めっちゃ魚を切るの下手なのに、
工場のおばちゃんは、
「毎日早くなってる!すごい!勘が良いのよ!
と褒めてくれたり、
私のエプロンを結んでくれたりする。
私が変な切り方して、修正出来ないで
オロオロしていると、
ベトナムからの実習生が察知して、
言葉はいらずとも助けてくれたりする。

みんな優しいなあ。
しかし、しっかりしないと。

水産の工場で今働いてるよって言うと、
「え!汚そう、大変そう」って言われるけど
確かに、寒いし、魚から血も内蔵も出るけど、

働いてる皆さんの手さばき、包丁捌きは、
すごく綺麗で、1本の筆みたいに、
流れるようにさらさら切れていてすごいよ。
上手な人のまな板はそんなに血もつかない。
仕事が、動きが綺麗で、とても素敵だ。

明日はまた鰯とぶりを切るから、がんばろう。

 

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椎茸つくりー美味しいものは自然の中でゆっくりとー

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岩手に住むならいろんな人と会いたいし、
いろんなことをしたい!と思い、
引っ越したその日に
地域おこしのNPOの代表に連絡した。

「私、今日引っ越してきました!」

「何でも良いからやります!」

「特に食べることと話すことが好きです!」

 

そしたら、1度も会ったことないのに、
次の日には猟師さんのお家の椎茸作りに
参加させて頂けることになり、
椎茸の菌を植えてきた!

 

椎茸作りは、菌を買ってきて、

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木に穴を開けて、菌を植え込み、

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その木を森に置いておく!

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椎茸が生えるのは来年の秋。

「え!来年の秋とか遅い!」

「私、いいひんやん!」と、

私はいつもいつも自分の都合を考えるけれど、

自然には自然の、椎茸には椎茸の

ペースがあって、私には変えられない。

そんな当たり前のことに気がつく森の中。

 

美味しいものは一瞬では出来ず、
自然の中で、ゆっくりと、
自然のペースに合わせて育つんだなあ。


来年の秋なんて、私は何してるだろ。
時の流れに、将来の私に思いを馳せて、

沢山穴を開けて椎茸育てた。

 

椎茸を手伝ったお礼にと、
熊鍋と鹿肉を頂いて大満足な一日。

熊も鹿もはじめて食べたけれど、

すごく美味しくてびっくりする。

美味しいものを、美味しく食べる技を

知っている人はかっこよいなあと思う。

 


沢山の人と自然に会いたいなあ。
自分から沢山動こう。

人と自然と、文化に会いにゆこう。

と幸せな気分に浸る1日でした。

 

 

岩手にお引越ししました!

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岩手県の海産物加工メーカーに転職し、
半年〜1年は岩手県に住むことになりました。

岩手県は沿岸部の大槌町に暮らします。
大槌町は震災ボランティアで通った土地。
またご縁が出来て嬉しいです。

 

そして、今日。

引っ越ししたけど、まさかのガスの予約を忘れていて、お風呂に入れない。本当に恥ずかしい...


急遽、知り合いのおばあちゃん家に
お湯をもらいにいく。お風呂からあがると、
10品のおかずが並んでいました。

f:id:mizuuk:20180401213031j:image全部保存食で冷凍庫から出してきたらしい。
お魚とかとれたてがいちばん!

と思ってたんだけど、これまたびっくり
このお魚もめかぶも、ふきも去年のもの。

お魚は脂がのってすごく美味しい。

わかめの茎は味噌で揉み込んで、

きゅうりも去年漬けているから、

色は微妙だけど、味は美味しいよ。とのこと。

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f:id:mizuuk:20180401213246j:image美味しい時期に獲れたものを、

丁寧に下処理をして、
保存して、長く美味しく頂く技がある。

f:id:mizuuk:20180401213339j:image食べながら、話しながら、

びっくりすることがたくさん。

これは2日間でもらったものたち。

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魚に野菜に、雲丹に、鹿肉にビールにソーダ
ご丁寧にゴミを出す時用のスーパーの袋。

スーパーの袋は明日の朝に大活躍!の予定。

働いて、話して、食べて、
岩手を知っていけたら。と思います。

 

心からの感謝を込めて。


2年間勤めさせて頂いた会社を退職しました。

就活の時に、漠然と
「日本のものづくりって良いなあ。」と
思って入社させて頂いただいた専門商社。

営業として、様々な工場に入らせて頂いて、何トンもの容量のタンクの更新工事や特殊な設備の清掃、LED照明の提案、工場や社宅の修繕工事、様々なお仕事をお客さんとメーカーさん、職人さんの間でさせて頂きました。

やりたい仕事じゃなかったかもしれない。
たった2年で本当の仕事の楽しさ、苦しさ、喜び、意味なんて分からないと思う。

それでも、本当に本当に、何も出来ない私に、社内の人、お客さん、メーカーさん、職人さん、沢山の人が仕事を教えてくれて、助けてくれて、仕事を頂けて、本当に良い2年間を過ごさせて頂けました。

全部、全部私の知らない世界でした。
たとえば、工事でタンクの水が漏れた。
あら、大変!だけじゃなくて、それはそのタンクを使って生産している工業製品があって、その生産が遅れると、その後の工程、ぜんぶに影響がでる。

普通の人が何気なく、たぶん一生気がつかないようなところに、普通にあるものは、膨大な時間と沢山の工夫で、大量の工程の上にあることを知りました。私が担当させてもらった会社が作っているものは今まで私が、見てなかっただけで、町のいたるところにあった。その製品1つ1つに膨大な時間と人が関わって動いていること。社会は沢山の人の仕事で出来ていること。

そんなことを生まれて初めて、実感した2年間でした。

それに仕事はちゃんとやること。
遅刻をしないこと。ものを無くさないこと。
ひとの話をよく聞くこと。
頼まれたら早く調べること。
返事すること。分からないことは聞くこと。
分かりやすく話すこと。結論は最初に。
ちょっと面白い話をすること。

私がいかに、「当たり前」と思われることを今まで出来ていなかったのか。自分は何も出来ない、いかに人に頼り、助けられていたか。いうことを毎日学びました。

沢山の人の身振り手振りから、
「仕事はその日ごとの気分でするものじゃない。責任を持って、ちゃんとやらないといけない」と学びました。こだわりを持って仕事をしている人はかっこよかった。

毎日、ありとあらゆる人に迷惑をかけました。
社内の人はもちろん、お客さん、メーカーさん、職人さんみんなに迷惑をかけました。本当に反省してます。

しかし同時に、いかに良い関係を日頃から築いて、
いかに困った時に助けてもらえるかがすごく大事なことだなあと学びました。

はじめは嫌だなあ。今日もミスったなあ。
迷惑しかかけてないから、私いる意味なし。
って車の中で密かに泣いたりしてたけど、

知らない間に、お客さんが「生田さん」って呼んでくれるようになって、メーカーさん、職人さんはいつも私を助けてくれて、だから、色々な人のおかげで、案件をもらえるようになって、色々な話をするようになった。

会社に行き、お客さんに会えることが、楽しくなった。

それに、職人さんの良い仕事が、お客さんの信頼に、次の仕事に繋がることを知った。だから、メーカーさん、職人さんに、気持ちよくお仕事して頂くためには、お客さんの役に立つ為には、私はどう動けば良いかなあと考えるようになった。職人さん、メーカーさんの素晴らしいお仕事のお陰で、お客さんが「生田さんに注文する」って、私に注文をくれるようになった。

それは今までの先輩が沢山良い仕事をされてきて、会社としての信頼があるから。私だけの力じゃ決してない。それでもすごく嬉しかった。

「ありがとうが生きがいです」って、胡散臭すぎるわって思ってたけど、それは本当だった。
私みたいなやつも、時々ありがとうって言って頂けて、役に立てたなあ!っと思える瞬間もあって、それは本当に本当に嬉しかった。

最後の日に、お客さんからお花が届いた。
お客さんからこんな言葉をもらった。

「生田さんには本当に困ったことも、イライラしたこともあったよ。でもいつもそれを上回る魅力と、良いことがあった。沢山助けられたよ。いつも気遣いをありがとう」沢山イライラさせたのも、困らせたのも、本当に本当に申し訳なかったと思うけど嬉しかった。

数字が上がったこと受注出来たこと、全部嬉しかった。そして、その過程の中で、沢山の時間をいろんな人と過ごさせて頂けたことがすごく幸せだった。

本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
そして名古屋営業所の皆様をはじめ、社内の皆様に心から感謝してます。沢山迷惑をかけました。

どんなに迷惑を掛けても、見放されたことはなかったし、いつも助けてもらった。私が生意気なことを言っても、途中で遮られたことはなかった。

所長はいつも責任は全部取るから、思いっきり仕事し。
って言ってくれた。

こんなに良くしてもらったのに、
何も恩を返さぬまま退社することになった。
「すごく残念だけど、一回きりの人生、思うように、堂々と生きなさい」との言葉を頂いた。

感謝の気持ちしかありません。
いつか、どこかで恩を返せるように、
良く生きていこうと思います。

そして、春から岩手県の海産物のメーカーで働きます。

名古屋で教えて頂いたことを生かし精一杯頑張ります。

 

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「再会」だから生きてて楽しい

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友達との、再会の旅の帰り道、
ここにも再会がひとつ。

 大学の頃、品川駅前で会っていた、ビッグイシューの「赤いおじさん」と2年ぶりに会えた!ということ。

  ーーービッグイシューーー

ビッグイシューとは、1991年にロンドンで創刊された雑誌で、路上生活してる人や、元路上生活だったり、なにかしら困難な状況を抱えてる人が、自立の一環として雑誌を売っている。350円のうち、180円が販売者の収入になる。350円だけれど、内容は社会問題の他に、ハリウッド女優のインタビューとかもあってなかなか面白い。

 

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BIGISSUE JAPAN公式ホームページ

http://www.bigissue.jp

 

私はこの雑誌が好きで、よく読んでいた。

というか、この雑誌を品川駅のマクドナルドの前で売っている「赤いおじさん」が好きで、よく読んでいた。

 

 大学生の頃、単位にならない品川キャンパスでの授業を横浜から通って受講していたのも、猪瀬先生と、かべ先生の授業が面白かったのもあるけれど、

「都内の大学生で在る自分がかっこいい」という気持ちと、この「赤いおじさん」に会いたいという気持ちの両方があったからだよなあ。と思い出した。

 この「赤いおじさん」は、お釣りがないからと言って、チロルチョコを買いに行く間に私にビッグイシューを売らせたり(私は1部も売れなかった)、

フィリピンのミンダナオ島帰りで、ぶつぶつの腕の私に怪しい薬を塗ってくれたり(更に悪化するんじゃないかと心配したけど、しなかった)、

遠距離恋愛は寂しいと愚痴る私に、「大丈夫、みずきちゃんは可愛いし、いい女」と言ってくれたり(うちの次に雑誌を買った、おばさんのことも可愛いと言っていた)いつも大変良くしてくれた。

 私が海外にいる間も、友達から「大学の近くで、ビッグイシュー買ったから、ついでにみずきのこと知ってるか聞いたら、知ってて、伝言預かったよ。元気ですか?今度英語教えてだって。いっぱい話したいと言っていたよ」と連絡が来たりした。大学を卒業してからも何度か品川駅に行ったけど、なかなか会えなかった。

 今日も早朝に岩手から品川に帰ってきて、眠い目をこすりながら、「ああ、品川駅かあ。」とあたりを見回すと、「赤いおじさん」の「赤」が目に入った。

 おじさんの元に、うきうきしながら歩いていった。

はじめ、話しかけても、2年ぶりに会うおじさんは私のことは覚えてなかった。けれど、おじさんの隣にあった、私にだいぶと前に塗ってくれた、例の怪しい薬を見つけて、「あ!この薬!」と言ったら、

 「あ!みずきちゃんか!!!!」と言ってくれた。おじさんが私の名前を呼んでくれた。個人的にはあんまり面白くなかった、「君の名は」の最後のシーンみたいだった。

 そこから、「綺麗になったなあー。痩せたね。大丈夫?」「会いたかったよー。」と沢山言ってくれて、「あの時、薬塗ったなあ」とか、「就職したのかー!みずきちゃんも大人になったなあ!」と、

信号が、赤から青、青から赤、

赤が青になるまでの間、話した。

とっても嬉しかった。

 私に会いたいって言ってくれる人が、
大都会、東京の駅前に毎日立って、
一生懸命生きていて、

私との再会を喜んでくれる。

大したことないかもしれないけれど、

その事実が、また会えたことが、

すごくすごく嬉しかった。

 それは、私にとっても「生きる希望」であるし、「私は生きる価値がある」と思わせてくれたような気がする。この世界には、好きな人が沢山いるから、私はその人たちと「再会」するために、また生きていこうと思う。これから出会うであろう人たちとも、何度も出会い続けようと思う。

 

生きるのが、私は嬉しいぞ。

おじさん、ありがとう!

 

 

 

とりとめのないはなし

仕事終わりに、会社の近くにある
イオンのフードコートで水を飲む。

 

9時を過ぎると、ちょっと臭いおじさんとか
おばさんがワラワラ集まってくることに気づいた。

1週間ぐらい観察してた。

 

そして今日遂に話しかけて、
仲間にいれてもらえた。
名古屋で友達でけた。

 

臭いおばさんは、もぐらさんという名前で、
占い師らしく。臭いおじさんが、「老体にに鞭打ってる天皇陛下が可哀想。天皇陛下の健康は大丈夫だろうか?」ともぐらさんに天皇陛下の健康を占ってもらっていた。

 

自分の心配ではなく、
天皇陛下を占ってもらうあたり、心広いな。  

 

なんかうちも色々占ってくれたけど、
うちは賢いらしい。
でも、若すぎて魅力に欠けるらしい。

臭いおじさん、長谷川さんと、もぐらさんという2人は高度経済成長の中で生きて来たんだけど、人との付き合い方が難しかったらしい。

もぐらさんは、針と糸を持っているおばさんで、長谷川さんの臭いズボンの裾を直していた。

 

もぐらさんも臭い。

 

いろんな人に怒られても、教えて貰ったと思わなきゃいけないらしい。あと、お金は若いうちから大切にしないといけないらしい。

天皇陛下は老体に鞭打って頑張ってるから、

うちらも頑張らなきゃいけないらしい。   

 

お金大切にしてても、
人間、臭くなる時は臭くなるんだな。 

 

田中角栄の話と、

パトロンのいる家のない人の話で盛り上がった。 

 

こんど、うちのスカートも、
もぐらさんに直していただこう。

 

2人は、明日は月末だから締め日だね。
忙しいね。って言いながら帰っていった。
締めなきゃいけないことあるんだろうか。